仙台地方裁判所 平成6年(行ウ)3号 判決 1999年3月15日
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 被告誠和らに対する訴えについての法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」の存否について
1 法二四二条二項本文は、普通地方公共団体の執行機関・職員の財務会計上の行為は、たとえそれが違法・不当なものであったとしても、いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るとしておくことが法的安定性を損ない好ましくないとして、監査請求をなし得る期間を当該行為のあった日又は終わった日から一年内に制限したものである。しかしながら、当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裡になされ、右期間を経過してからはじめて明らかになった場合等にも右趣旨を貫くことは相当でないから、同項ただし書は、「正当の理由」があるときは、例外として、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後であっても、普通地方公共団体の住民が監査請求をすることができると定めたものである。
そうすると、たとえ形式的には公然となされた財務会計行為であっても、当該行為の違法性がことさらに隠蔽され、それによって一般の住民が当該行為の存在を端緒として監査請求を行う権利を行使することが不可能もしくは著しく困難となるような場合には、当該行為の存在がことさらに隠蔽された場合と同様、当該行為が秘密裡になされた場合にあたると解し、「正当な理由」の有無を問題とする余地があるというべきである。
そして、当該行為が秘密裡になされた場合、右「正当な理由」の有無は、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものと解される(最高裁昭和六二年(行ツ)七六号昭和六三年四月二二日第二小法廷判決・裁判集民事一五四号五七頁参照)。
2 そこで本件契約一及び二について当該行為が秘密裡になされた場合にあたるかを検討するに、当事者間に争いのない事実に〔証拠略〕を照らしてみれば、本件各契約締結に至る経緯は以下のとおりであったことが認められる。
(一) 菅原は、昭和六二年か六三年ころ、当時被告菅喜の代表取締役であった義兄菅原廣司から同社の債務整理を依頼された。当時、被告菅喜の負債は六億七二〇〇万円にものぼり、本件土地一及び二の各持分三分の一以外にみるべき資産はほとんどなかった。その上、菅原は、本件土地一及び二の共有者である中村トシ子、鎌田哲爾及び鎌田キサから、昭和六三年九月三〇日、菅原が以前に右各土地の購入を約したことについて調停を起こされ、履行意思の確認を求められていたこともあり、本件土地一及び二の処分方法を考える必要に迫られた。
一方、仙台市は、昭和四五年ころから史跡景勝の丘陵地帯である大年寺山を公園として整備する計画を有していたものの、公園予定地の買収は思うように進んでいなかった。
しかし、昭和六二年四月二一日、医療法人愛和会が公園予定地内の土地を取得し、同法人による病院の建設計画が表面化したことを契機として、仙台市は大年寺山公園計画の実現のために公園予定地全部を取得するとの方針を決定し、翌六三年一一月一一日には、地権者を対象に右計画についての第一回説明会が開催された。
(二) 菅原は、この説明会に出席し、遅くともこのときまでには仙台市による公園予定地の買収計画を知るに至った。被告誠和らは、右説明会以後一年余りの間に、以下のとおり本件土地の取得をはじめとする多くの公園予定地を取得するなど、仙台市への転売差益の獲得を目指すと目される一連の行為を開始した。
(1) 被告誠和は、本件土地一及び二のうち、被告菅喜の各持分を平成元年一月一〇日に八億三五〇〇万円で買い取った。
(2) 中村トシ子、鎌田哲爾及び鎌田キサと菅原間の先述した調停は、同月一九日、中村トシ子及び鎌田哲爾の各持分を被告誠和が、鎌田キサの各持分を被告誠和建設が、合わせて四億円で買うことで成立した。
(3) さらに菅原は、佐藤チヨノから、同人が所有していた仙台市太白区茂ケ崎一丁目〔番地略〕(以下同所所在の土地については地番のみで表示する。)の土地を同年七月二〇日に買い、同じく佐藤チヨノが所有する本件土地三について同人と被告アルバックス間の売買を仲介した。
(4) 菅原は、平成二年一〇月五日付けで、その取得にかかる九番外一〇筆について、熊沢不動産鑑定士事務所に「公共事業用地としての適正な売却価格判定の資料とするため」との目的で鑑定を依頼した(以下これによって作成された鑑定書を「熊沢鑑定書」という。)。
(5) これに対し、菅原は、購入当初は処分方法を決めていなかったと供述するが、各土地の購入が第一回説明会後の短い期間になされていること、各土地の購入価格は極めて高額であること、購入された土地は一か所にまとまって存在する土地でもないことに照らして到底信用できない。
また、菅原は、平成元年夏ころ、仙台市にマンション建築計画の図面を持ち込んだことがあるものの、その意図は仙台市による買収を早めさせることにあったことが窺われるから、この事実も前記認定を左右するものではない。
(三) 仙台市は、平成二年一一月一六日、大年寺山公園計画について公園区域面積を変更する旨を決定し、告示するとともに、買収予定区域を明示した都市計画案を縦覧し、同年一二月一四日には大年寺山公園整備事業が認可された。
右認可をうけて、当時の仙台市技術担当助役藤堂定、建設局緑地部長大根田清(以下「大根田」という。)は、市議会議長屋代光一(以下「屋代」という。)と同道して、大年寺山公園に不可欠でありながら、民法上の価値が認められないため買収の対象とならない伊達家の墓地が存する五番の寄付を依頼しに菅原を訪ね、菅原及び共有者佐藤チヨノから右墓地の寄付を受けた。
さらに仙台市は、既にアパートの建築許可を与えていたため買収が難航していた久保田泰三から、同月一七日、同人の所有にかかる三八番三を、代替地を与えることを条件に一平方メートルあたり一八万一〇〇〇円(一坪あたり約五九万七〇〇〇円)で買収したことをはじめとして、大年寺山公園事業の実現に向けて本格的な買収に乗り出した。
(四) 一方菅原は、大年寺山公園計画に協力すると言いながらも、公園予定地内の被告誠和ら所有地の一括買収を求め、一平方メートルあたり一九万一〇〇〇円(一坪あたり約六三万円)の評価額が記載された熊沢鑑定書を同年一一月末ころに市財政局に送付する等、本件土地を含めた公園予定地の買収を積極的に要求し始めた。
同じころ、屋代も、公園予定地の買収は一括して行うべきであるとして、買収計画の見直しを大根田らに求め、菅原とともに市長にその旨を上申する等、公園予定地の用地買収に関与し始めた。
(五) 公園予定地の買収計画が具体化する中、大年寺山とは別に市が進めていた中田中央公園用地の買収が、地権者と価格面で折り合いがつかなかったため、年度末も近い平成三年二月一五日になって断念せざるを得なくなった。
仙台市は、このことが次年度の予算獲得交渉の際に不利とならないよう、中田中央公園用地の買収分として取得した用地国債を年度内に使い切る方法を探っていたところ、菅原及び屋代から再三買収の要求があり、買収への協力が期待できる大年寺山公園が用地国債の振替先として浮上した。
(六) 同月二一日、用地国債の振替について建設省の了解を得た大根田は、直ちに有限会社仙台カンテイ(以下「仙台カンテイ」という。)に口頭で鑑定を依頼した。依頼にあたっては、四番三と五番一を一体として考え、内一〇〇〇平方メートルを評価することが条件とされた。
(七) そもそも用地買収にあたっては、市職員は適正な買収価格を必ずしも知り得ないことから、不動産鑑定士に鑑定を依頼し、その結果を得ることが不可欠であり、鑑定価格は重要かつほぼ唯一の価格決定の資料となる。ところで、仙台市においては、次のとおり、鑑定価格が決定されていた。すなわち、まず、不動産鑑定士は、文書による依頼に先立ち、口頭で依頼を受けて鑑定価格を内示することが慣行として行われ、その内示価格をもとに市の担当職員が相手方との交渉に臨み、交渉過程を通して不動産鑑定士と価格について協議する。協議の内容は専ら買収価格について不動産鑑定評価上理論構成が可能か否かであり、通常、内示価格と決定価格との差が一〇から一五パーセント程度であれば許容範囲内と考えられていたようであるが、不動産鑑定士から理論構成が可能との回答が得られた価格で契約を締結する。鑑定書はその後、決定価格に沿うように作成されて納品される。
本件各契約の買収価格も、このような経過を経て決められた。
(八) 仙台カンテイは、平成三年三月二日ころ、当時の用地第二課主幹真壁桂三(以下「真壁」という。)に対し、一平方メートルあたり約一三万六〇〇〇円(一坪あたり四五万円)の鑑定価格を内示した。
同月七日、菅原との第一回目の交渉を前に、大根田と真壁は、仙台カンテイと提示価格について協議し、仙台カンテイから二度目の内示価格として一平方メートルあたり約一五万二〇〇〇円(一坪あたり五〇万円)が示されたことをうけて、これを提示価格とすることを決めた。
また、取得価格が一億円を超え、補助対象事業であることから二社から鑑定を受ける必要があることが判明し、同日、当時の用地第二課主事草刈伸(以下「草刈」という。)は、有限会社木總不動産鑑定事務所(以下「木總不動産」という。)に鑑定を依頼した。なお、木總不動産の代表者は屋代の友人の義兄であり、右依頼は屋代の紹介によるものであった。
翌八日の第一回目の交渉は、市の一坪あたり五〇万円との提示額を菅原が承認せず、不調に終わった。
(九) 同月一一日、第二回目の交渉を前に、大根田と真壁は仙台カンテイと再度協議し、前回と同金額を提示することとして、翌一二日の交渉に臨んだが、やはり不調に終わった。
菅原の態度が強固なこと、用地国債の年度内執行には時間的に余裕がないこと等から、買収を断念することも真壁、大根田間で検討されたが、結局、大根田は、これまで菅原とともに公園用地の一括買収を強く要望していた屋代に菅原の説得を依頼することとした。
(一〇) 翌一三日の午前中、屋代から大根田に、一平方メートルあたり一七万円(一坪あたり約五六万一〇〇〇円)なら良い旨の菅原の意向が電話で伝えられた。
大根田は真壁に菅原が提示する右金額を伝え、真壁は仙台カンテイと右価格について相談した。
仙台カンテイは、真壁に対し、これまで一坪あたり五〇万円を内示してきたが、本件土地が市街化区域のみならず市街化調整区域を含んでいることが判明したことから、従来の内示価格は高きにすぎ、一坪あたり四〇ないし四五万円程度が相当である旨を伝えたものの、逆に真壁から、年度内に用地国債を執行することが必要であり、本件土地の取得が大年寺山の事業推進にとって重要であること及び仙台カンテイから内示された一坪あたり五〇万円で交渉は進んでいることを聞き、自らの責任で鑑定書を作成せざるを得ないと考えるに至り、相手方の提示額もやむを得ないと答えた。
真壁は、仙台カンテイのやむを得ないとの回答を、不動産鑑定評価上妥当な理論構成ができるとの趣旨であると解釈し、その旨、大根田に伝えた。
大根田は、電話で、先の菅原の提示額で買収可能である旨を屋代に告げ、ここに実質的な買収価格の合意が成立した。
(一一) その後、真壁は、木總不動産から一平方メートルあたり約一〇万九六〇〇円(一坪あたり三六万二〇〇〇円)の内示を受けたが、既に売買価格は一平方メートルあたり一七万円(一坪あたり約五六万一〇〇〇円)で決定したと伝えた。
これを聞いた木總不動産は、紹介者である屋代を訪れ、決定された買収価格が不当であることを述べたものの、屋代から、年度内に用地国債を執行することが必要であること、本件土地の取得が大年寺山の事業推進にとって重要であること等を聞くに及び、決定価格での鑑定書の作成もやむを得ないと考えるに至り、真壁にその旨を回答した。
(一二) 平成三年三月一三日夕方、仙台市は菅原との間で、被告誠和らから本件土地一を一平方メートルあたり一七万円(一坪あたり約五六万一〇〇〇円)で買うことを合意した。
仙台カンテイ及び木總不動産は、同月一八日、右合意金額に沿った内容の同月六日付け鑑定書を納品した。
同月一八日、公有財産価格審査委員会において、本件土地一について鑑定価格をもって取得価格とすることが、持ち回り決議の結果可決された。なお、同委員会で可決された原案に登記簿上の地目が山林である本件土地一の現況地目を宅地とする旨の記載があるのは、測量を委託した測量士から、本件土地一には粗造成された部分と山林が混在しており、この場合現況を宅地としてはどうかとの問い合わせがあり、市の担当職員が現場を確認しないまま承諾したためである。
同月二六日、被告誠和らは仙台市に対し、各持分について移転登記手続をし、同月二九日、仙台市は被告誠和らに対して代金を支払った。
(一三) 同年一〇月二八日、建設局が財政局に対し、本件土地二について取得依頼を提出したことを受けて、当時の用地第二課主査斎藤哲夫(以下「斎藤」という。)と草刈は、仙台カンテイと木總不動産に口頭で鑑定を依頼した。
同日、仙台カンテイは、本件土地二について、一平方メートルあたり一七万二〇〇〇円(一坪あたり約五六万八〇〇〇円)を内示した。
斎藤及び草刈は、右の内示を受けて、平成三年度取得分については、いずれも前年同様一平方メートルあたり一七万円(一坪あたり約五六万一〇〇〇円)で提示することとし、同月一九日、菅原に右価格を提示したが、交渉は不調に終わった。
(一四) そこで斎藤、草刈及び仙台カンテイは、同月二五日または二六日に、本件土地二を含む公園予定地の平成三年度取得分について価格協議を行った。
まず、市側から、地権者間で情報交換が為されており、前年と同額では交渉はまとまらず、全ての土地を同額で購入する必要があることが説明された。
これを受けた仙台カンテイは、平成三年度の買収対象地は一か所にまとまって存在しておらず、市街化区域と市街化調整区域が混在していることから、平成三年度取得分のみをとらえて全ての土地を同額で評価することは難しいが、市が将来大年寺山公園計画に基づき周辺一帯を買収する予定であることを踏まえて全体評価するという条件付きであれば、平成二年度の価格を時点修正した一平方メートルあたり一八万一〇〇〇円(一坪あたり約五九万七〇〇〇円)の価格を内示することは可能であると説明した。
仙台市と被告誠和らは、同月二六日、本件土地二について右内示価格に基づき一平方メートルあたり一八万〇七〇〇円(一坪あたり約五九万六〇〇〇円)で合意した。
草刈は、木總不動産に、同月二九日、仙台カンテイとの協議内容及び地権者と一平方メートルあたり一八万〇七〇〇円(一坪あたり約五九万六〇〇〇円)で合意した旨を説明したところ、木總不動産もやむを得ないと回答した。
同日、仙台カンテイ及び木總不動産から、平成三年度取得分を一体画地として評価し、前記合意金額に沿った内容の鑑定書が納品された。
同日、公有財産価格審査会において、本件土地二について鑑定価格をもって取得価格とすることが持ち回り決議で可決された。
同年一二月九日、被告誠和らは仙台市に対し、各持分について移転登記手続をし、同月二五日、仙台市は被告誠和らに対して代金を支払った。
3(一) 右認定事実に〔証拠略〕を合わせて考慮すれば、本件契約一及び二は、都市計画変更決定及び地権者に対する説明会を経た大年寺山公園計画の一環として、公衆の縦覧に供されている買収予定区域を明示した都市計画案に基づくものであること、売買代金はいずれも当該年度の予算に計上されて議会の議決を受け、決算に計上されて議会の認定を受けており、これらの審議の対象となった予算、決算説明書等は一般の閲覧に供されていること、取得した土地は登記簿及び公有財産台帳に記載され、閲覧が可能であることが認められ、本件契約一及び二はその締結から登記の移転、代金の支払いに至るまで公然となされた行為であることが明らかである。
(二) そして、〔証拠略〕によれば、結果として本件土地一及び二の買収価格決定の資料に供された仙台カンテイ及び木總不動産による鑑定結果が、両事務所の不動産鑑定士自らも認めるように、適正な価格を著しく逸脱した不当な価格であったことが認められる。
さらに、かかる不当な価格で本件土地一及び二が買収されたことの要因が、用地国債の振替によって補助金の消費を急ぐあまり、現場の確認を怠り、不動産鑑定士との協議を強行に進めたことが窺える市の担当職員、鑑定価格の内示制度を利用して、買収価格に鑑定価格を合わせるような鑑定書の作成を許容してきた仙台市の慣行、鑑定価格及び買収価格について実質的な検討を行ってこなかった公有財産価格審査会をはじめとする決裁過程の形骸化にあり、また不動産鑑定士の紹介が買収先と懇意な者によってなされる等、買収価格の決定に至る経過にも問題があることは否定できない。
(三) しかし、かかる鑑定価格の不当性が各審議ないし決裁を通じて見過ごされたことは否定し得ないものの、これをことさら隠蔽するような工作が行われたことは、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。
かえって、〔証拠略〕によれば、木總不動産に仙台市から鑑定資料として渡された近隣土地の取引事例は適切なものであったこと、熊沢鑑定書は公園予定地のうち本件土地一及び二以外の土地についてのものであり、本件土地一及び二の価格鑑定に直接影響を及ぼす内容でないこと、熊沢鑑定書が仙台カンテイ及び木總不動産のもとに渡った経緯については確たる証拠がなく明らかでないが、両事務所の不動産鑑定士はいずれも本件土地一及び二を鑑定するにあたり、近隣土地の取引事例としても熊沢鑑定書の記載内容には全く影響されていないと明確に供述していることが認められる。
なお、原告らは、市の職員が仙台カンテイ及び木總不動産に対し、買収価格に合わせて鑑定書を作成するよう指示し、虚偽の鑑定書を作成させたと主張し、〔証拠略〕(当庁平成六年(行ウ)第四号における仙台カンテイ及び木總不動産の供述調書)中にはこれに沿うかのような部分がある。
しかし、右証拠によっても真壁及び草刈からなされた指示内容及びその具体性の程度が明らかでなく、指示に従わなかった場合の制裁等を告げられた様子も窺えず、市の担当職員からの具体的かつ一方的な指示がなされたかについては疑問があること、むしろ、買収を急ぐ市側の政策的、財政的事情を仙台カンテイ及び木總不動産が察したにすぎないとも考えられること、かえって、仙台カンテイは高値鑑定の条件として全体評価という評価方法を提案していること、木總不動産についても鑑定書を提出するまでは未だ正式な鑑定依頼を受けておらず鑑定を拒否する自由も残されていたこと等の諸事情に照らしてみれば、甲第二三ないし二六号証中の鑑定書の作成について市の職員から積極的な価格指導が行われたかのようにいう部分は採用できない。
(四) 仮に、原告ら主張のとおり、市の職員が不動産鑑定士に不当に高額な価格を適正価格とする鑑定書を作成させたものであったとしても、平成二年度の決算説明書には、一般会計の歳出の部で、土木費の公園造成費の対象事業として、補助事業、単独事業それぞれについて「風致公園」として「大年寺山公園」との記載があり(甲二及び乙一の各一一七、一一八頁該当部分参照)、公共用地先行取得事業会計の歳出の部で公共用地先行取得事業の事業費として「大年寺山公園五二九四・一m2、九〇〇、〇〇〇千円」と記載されていること(乙一の一七八頁該当部分参照)に照らしてみれば、買収価格が一平方メートルあたり一七万円であったことを知ることは可能である。
同様に、平成三年度の決算報告書にも、一般会計の歳出の部で土木費の公園造成費の対象として、補助業、単独事業それぞれについて、「特殊公園」として「大年寺山公園」との記載があり(甲四及び乙二の各一二一頁該当部分参照)、公共用地先行取得事業会計の事業費としての大年寺山公園についての歳出はないが、一部別会計に移された分について歳入の部に記載があり(乙二の一七六頁該当部分参照)、平成二年度の決算報告書及び平成三年度の予算報告書と合わせてみれば、買収価格が不当に高額である疑いを抱く端緒となりうる。
そして、監査請求をなすにあたっては、対象となる行為等を他の行為等と区別し、特定して認識できる程度に個別的、具体的に摘示することを要するものの(最高裁平成元年(行ツ)第六八号平成二年六月五日第三小法廷判決・民集四四巻四号七一九頁参照)、〔証拠略〕によれば、本件において要求される監査対象行為の特定は、「(1)平成二年度において、仙台市が取得した大年寺山公園整備事業用地の買い取り価格が不当に高額なものであるか否か。(2)平成三年度において、仙台市が取得した大年寺山公園整備事業用地の買い取り価格が不当に高額なものであるか否か。」程度で足り、目的地を特定することまでは要求されていないことが窺われる。
したがって、本件においては、仮に本件契約一及び二の違法性がことさらに隠蔽されていた場合にあたるとしても、公然とされた本件各行為の存在自体を端緒として監査請求することを一般住民に要求することが、財務会計制度に内在する行為の違法性の知り難さというやむを得ない結果を超える程に不可能もしくは著しく困難であるということはできず、一1で説示した法二四二条二項ただし書の趣旨に鑑みれば、そもそも「正当な理由」の有無を問題とする前提を欠いているということができる。
(五) なお、本件では、仙台市長自らが原告らの監査請求と同時期に監査請求を行い、仙台市が被告誠和らに対し本訴提起後に本件契約一及び二の合意解除を申し入れている等、一見地方公共団体自体は財務会計行為の法的安定性を問題としていないように窺われなくもない。
しかし、法二四二条二項本文が要求した法的安定性は、ひとり地方公共団体のためだけのものではないから、右の事情をもって直ちに、監査請求期間を徒過した住民監査請求が適法になると解することはできない。
また、監査委員が原告らの監査請求を受理して実体判断を行ったとしても、そのことによって、監査請求の期間を徒過した本件監査請求ひいては本件訴えが適法となるものではないことも当然である(前掲最高裁昭和六三年四月二二日第二小法廷判決参照)。
4 以上のとおりであるから、本件契約一及び二についての本件訴えは、適法な監査請求を経ていない不適法な訴えと言わざるを得ず、その余の争点について判断するまでもなく、却下を免れない。
二 被告アルバックスに対する不当利得返還請求の適法性について
住民訴訟は、住民が自己の法律上の利益とかかわりなく提起するものであって、行政事件訴訟法五条にいう民衆訴訟にあたり、法律に定める場合において、法律に定める者に限り、これを提起することができる(同法四二条)ものである。
そうすると、土地開発公社は、公有地拡大法一〇条に基づき設立された、普通地方公共団体とも特別地方公共団体とも異なる法人であり(公有地拡大法一一条)、かつ、法二九二条、二九四条のような規定が存在せず、普通地方公共団体に関する規定も準用されていないこと等に鑑みれば、土地開発公社に法二四二条、二四二条の二が適用ないし準用される余地はない。
したがって、普通地方公共団体の住民である原告らは、法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、土地開発公社に代位して被告アルバックスに対して代金の返還を求める住民訴訟を提起することはできない。
原告ら主張のとおり本件契約三が実質的にみて仙台市と被告アルバックス間の契約と同視できるとすれば、本件訴えは原告らが仙台市を代位する形式をとりながら、その実、土地開発公社を代位する場合と何ら異なるところがない。
このような場合にまで原告らに当事者適格を認めることは公有地拡大法の趣旨を潜脱するものとして許されず、本件契約三についての本件訴えは、当事者適格のない者によって提起された不適法な訴えであるといわざるを得ないから、その余の争点について判断するまでもなく、却下を免れない。
なお、本件訴えが適法な訴えであり、原告ら主張のとおり本件契約三が無効であったとしても、仙台市と土地開発公社間の契約が債権的に有効であることには変わりがない以上、仙台市が被告アルバックスに対して本件契約三の代金相当額を不当利得として返還請求しうる独自の権利を認めることはできず、被告アルバックスに対する原告らの請求は主張自体失当であると言わざるを得ない。
第四 結語
以上のとおりであるから、原告らの本件訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 阿部則之 裁判官 瀨戸口壯夫 上田賀代)